ル・メール新農相(2) ― 2009年06月25日 09時52分38秒
2003年2月14日の国連安保理において、フランス外相であったヴィルパンが、有名な演説を行っている。
イラク開戦を主張する米国に対し、説得力ある反対論を、知性を織り交ぜて格調高く唱え、フランス外交の存在感を見せつけたもの ( 日本語訳 、 原文(フランス語) )なのだが、その原稿は、当時ヴィルパン外相のもとにあった、我らが新大臣ブルーノ(大臣でもファーストネームで呼ばれている。)が書いたものだそうだ。
内閣改造の翌日、農漁業省で研修を担当してくれているジガンさんとランチをした際、誇らしげに教えてくれた。
その華やかな経歴について感想を求めたら、
<< Parfait !(完璧だね) >>
と、苦笑いして首をすくめていた。
イラク開戦を主張する米国に対し、説得力ある反対論を、知性を織り交ぜて格調高く唱え、フランス外交の存在感を見せつけたもの ( 日本語訳 、 原文(フランス語) )なのだが、その原稿は、当時ヴィルパン外相のもとにあった、我らが新大臣ブルーノ(大臣でもファーストネームで呼ばれている。)が書いたものだそうだ。
内閣改造の翌日、農漁業省で研修を担当してくれているジガンさんとランチをした際、誇らしげに教えてくれた。
その華やかな経歴について感想を求めたら、
<< Parfait !(完璧だね) >>
と、苦笑いして首をすくめていた。
内閣改造~新農相は40歳 ― 2009年06月24日 14時13分16秒
フランスの話です。
バルニエ農漁業相らの欧州議会転出をきっかけとして、サルコジ大統領は、23日にフィヨン内閣の改造を断行。
この第2次内閣では、バルニエの後任として、Bruno Le Maire ブルーノ・ル・メール食料・農業・漁業相が指名された。(省名・権限はその都度変わる。)
以下、この弱冠40歳の新大臣について(ソースはウィキペディア・フランス。写真あり。 )。
まず学歴から行くと、
・高等師範学校(ENS)卒(卒論は、「プルースト『失われた時を求めて』の構造術」。現代文学教員資格を首席の成績で取得)
・パリ政治学院卒
・国立行政学院(ENA)卒
と、これはちょっと知っている人なら溜息をつくような、最高級のフランスのエリートコースである。
ENSは、名称は起源からして教員養成だが、フランスの知の最高峰(哲学、文学、数学などの非・実学に強いという個人的印象)。古くは、サルトルとボーヴォワールとか、フコーとか、ポワンカレとか、卒業生はフランスの文学者、哲学者、数学者が著名。
ENAは言わずと知れた高級官僚養成学校(パリ政治学院はその準備過程と位置づけられる。)。
政治の世界でも、ENAだけを出た人ならたくさんいるが、ENSも出る人はなかなかいない(有名どころでは、ファビウス、ジュぺ両元首相など)。
その後、外務省入省。
ド・ヴィルパンに見出され、シラク大統領府官房長、外相、内相と進んだ彼の側近として常にそのもとで政治顧問、官房スタッフとして行動し、最終的に首相府官房長を務める。
その後、2007年に与党UMPから国民議会に当選、2008年には欧州案件担当相として入閣、2009年内閣改造で農相へ配置換え。
これが、フランスの政治エリートの、旧来型ではあるが典型例である。
農相はフランスの中でも外交畑の有力者(例:バルニエ)とか、若手の有望株(例:ラガルド(現経済財政相)、ゲマール(失脚中))が据えられることが多いが、今回もその例に当てはまるだろう。
ル・メール新農相にとっては、フランス農業がEUと切り離せないとはいえ、出自の外交分野から出た初めての政治経験となる。圧力の多い国内問題をどうこなしていくか、彼の政治家としての試金石となるのではないだろうか。
今後、注目してみたい。
バルニエ農漁業相らの欧州議会転出をきっかけとして、サルコジ大統領は、23日にフィヨン内閣の改造を断行。
この第2次内閣では、バルニエの後任として、Bruno Le Maire ブルーノ・ル・メール食料・農業・漁業相が指名された。(省名・権限はその都度変わる。)
以下、この弱冠40歳の新大臣について(ソースはウィキペディア・フランス。写真あり。 )。
まず学歴から行くと、
・高等師範学校(ENS)卒(卒論は、「プルースト『失われた時を求めて』の構造術」。現代文学教員資格を首席の成績で取得)
・パリ政治学院卒
・国立行政学院(ENA)卒
と、これはちょっと知っている人なら溜息をつくような、最高級のフランスのエリートコースである。
ENSは、名称は起源からして教員養成だが、フランスの知の最高峰(哲学、文学、数学などの非・実学に強いという個人的印象)。古くは、サルトルとボーヴォワールとか、フコーとか、ポワンカレとか、卒業生はフランスの文学者、哲学者、数学者が著名。
ENAは言わずと知れた高級官僚養成学校(パリ政治学院はその準備過程と位置づけられる。)。
政治の世界でも、ENAだけを出た人ならたくさんいるが、ENSも出る人はなかなかいない(有名どころでは、ファビウス、ジュぺ両元首相など)。
その後、外務省入省。
ド・ヴィルパンに見出され、シラク大統領府官房長、外相、内相と進んだ彼の側近として常にそのもとで政治顧問、官房スタッフとして行動し、最終的に首相府官房長を務める。
その後、2007年に与党UMPから国民議会に当選、2008年には欧州案件担当相として入閣、2009年内閣改造で農相へ配置換え。
これが、フランスの政治エリートの、旧来型ではあるが典型例である。
農相はフランスの中でも外交畑の有力者(例:バルニエ)とか、若手の有望株(例:ラガルド(現経済財政相)、ゲマール(失脚中))が据えられることが多いが、今回もその例に当てはまるだろう。
ル・メール新農相にとっては、フランス農業がEUと切り離せないとはいえ、出自の外交分野から出た初めての政治経験となる。圧力の多い国内問題をどうこなしていくか、彼の政治家としての試金石となるのではないだろうか。
今後、注目してみたい。
フランス社会党@国民議会(2) ― 2009年06月12日 23時49分37秒
ペロン氏は、法制史で博士号を取った後、奥さんが農業法専攻だったことをきっかけに、法律事務所で農業法を専門に扱い、のちにいまのポストに転じたとか。
特に学生運動などしていたわけでもないが、家族を含め左派的なバックグラウンドにあったことから、専門性を生かして応募したとか。
じゃあ将来議員にでも? と聞いたらば、まんざらでもなさそうだった。
ちなみに、フランスにおいては、社会党は労働者をその支持基盤としているので、利害の対立しがちな農業者、農業団体は、政治的には常に右派を支持してきている。
農業団体出身の社会党議員はいないんだとか。
実はこの点、これまで大きな誤解をしていた。
農業者も左派支持、となんとなーく思いこんでいたのだが、よく考えてみると、その理由は「組織化されて示威行動を行う人たちはみんな左派政党を支持している」、という思い込みに過ぎなかったことに気づく。
そうではなくて、「示威行動」は右も左もおんなじフランスの文化(!)であって、政治的ポジションとは別次元である、と。
ひととおり話をした後、予期しなかったことに、国民議会の中を案内してくれた。
社会見学に来ている小学生の集団にまじって、本会議場(写真)や図書館、中庭など。
仕事以外で見る国会っていいな~(笑)。
特に学生運動などしていたわけでもないが、家族を含め左派的なバックグラウンドにあったことから、専門性を生かして応募したとか。
じゃあ将来議員にでも? と聞いたらば、まんざらでもなさそうだった。
ちなみに、フランスにおいては、社会党は労働者をその支持基盤としているので、利害の対立しがちな農業者、農業団体は、政治的には常に右派を支持してきている。
農業団体出身の社会党議員はいないんだとか。
実はこの点、これまで大きな誤解をしていた。
農業者も左派支持、となんとなーく思いこんでいたのだが、よく考えてみると、その理由は「組織化されて示威行動を行う人たちはみんな左派政党を支持している」、という思い込みに過ぎなかったことに気づく。
そうではなくて、「示威行動」は右も左もおんなじフランスの文化(!)であって、政治的ポジションとは別次元である、と。
ひととおり話をした後、予期しなかったことに、国民議会の中を案内してくれた。
社会見学に来ている小学生の集団にまじって、本会議場(写真)や図書館、中庭など。
仕事以外で見る国会っていいな~(笑)。
フランス社会党@国民議会(1) ― 2009年06月12日 23時03分59秒
秋学期に 授業の講師として来ていたペロン氏 にアポを取って、彼の執務室のある国民議会Assémblée Nationale (下院に相当)に行ってきた。
国民議会内で働いているが、彼の身分は社会党員である。
社会党議員団の下に、政策分野ごとに政策スタッフが15人ほどおり、その一人として、農業、漁業などを担当している。
政府から提出された法案などを分析し、党としての問題点の整理、対処案を作成し、担当議員に上げるのがその核たる仕事。
曰く、法律事務所で働いていた時は、クライアントの意向に沿って仕事をしていたが、ここではどんな意見を言ってもいいのだとか。
まず事案を検討し、問題点と見解をまとめ、議員に上げる。
これを採用するかしないか、党としてどのようなポジションを取るかは議員が考える。
例えば、この7月1日から、レストランでの消費税率が、景気対策として現行の19,6%から5,5%に引き下げられるのだが、彼は税源維持(年25億ユーロ=3500億円の減収と推計されている。)の観点からこの決定に反対する意見を提出した。
野党が減税に反対するって、なかなか考えにくいが、案の定というか、これは採用されなかった。そりゃそうでしょう。
国民議会内で働いているが、彼の身分は社会党員である。
社会党議員団の下に、政策分野ごとに政策スタッフが15人ほどおり、その一人として、農業、漁業などを担当している。
政府から提出された法案などを分析し、党としての問題点の整理、対処案を作成し、担当議員に上げるのがその核たる仕事。
曰く、法律事務所で働いていた時は、クライアントの意向に沿って仕事をしていたが、ここではどんな意見を言ってもいいのだとか。
まず事案を検討し、問題点と見解をまとめ、議員に上げる。
これを採用するかしないか、党としてどのようなポジションを取るかは議員が考える。
例えば、この7月1日から、レストランでの消費税率が、景気対策として現行の19,6%から5,5%に引き下げられるのだが、彼は税源維持(年25億ユーロ=3500億円の減収と推計されている。)の観点からこの決定に反対する意見を提出した。
野党が減税に反対するって、なかなか考えにくいが、案の定というか、これは採用されなかった。そりゃそうでしょう。
農業省不要論 ― 2009年06月10日 04時14分11秒
(↑上空から見る、4月のパリ西南の農村。黄色いのは菜の花)
環境法を担当するエルナンデス先生は、農業政策についてはとっても否定的なのだが、農業と環境の関係において、面白いことを言っていた。
1)フランス農業省ができた1836年当時、農業省とはすなわち、「フランス省」であった。
フランスの国土のほとんどは農村であり、農業・農村のあらゆる問題とはすなわち、フランス全土の問題であったのだ。
2)フランスにおいては、「環境省」は「農業省」から分離した。
「環境法」という法分野も、「農村法」から分離した。
というのも、都市以外はほぼ農村というフランスにおいては、環境問題はすなわち農村の環境といってよく、これを規制する行政、法体系は、もともと農政・農村法の中に位置づけられていた。
(この先生も、当時、環境法専攻の学位がなかったから、農業法で学位を取らざるを得なかった。)
これは如何に農業農村がフランスにとって大きな地位を占めていたか、という話であるのだが、しかしながら、
3)農業省の存在意義はもうなくなった。
農漁業省の人員の半分を占めている農業教育は、教育省に、
農村地域政策は、環境・持続的発展省に、
農業振興・市場政策は、産業省に、
それぞれ分割吸収すれば足りるじゃないか、と。
実際に3点目については、サルコジが大統領に就任する前の政権構想には、農業省はなかったらしい。
これを、周りの誰かが水面下で説得して、最終的に存続となったとか。
だから、2012年に彼が再選された場合、農業論廃止論が再度持ち上がる可能性がある。
こういう考え方は日本でもあるし、英国などは実際そのように解体しているから、議論自体は目新しいものではない。
しかしこれが、EU随一の農業国においても言われているということが、彼女の個人的思想を差し引いたとしても、僕にとってはかなり衝撃であった。
(実際には、農業者、農業団体の力は相変わらず大きく、実現しないんじゃないかとは思うけれども。)
環境法を担当するエルナンデス先生は、農業政策についてはとっても否定的なのだが、農業と環境の関係において、面白いことを言っていた。
1)フランス農業省ができた1836年当時、農業省とはすなわち、「フランス省」であった。
フランスの国土のほとんどは農村であり、農業・農村のあらゆる問題とはすなわち、フランス全土の問題であったのだ。
2)フランスにおいては、「環境省」は「農業省」から分離した。
「環境法」という法分野も、「農村法」から分離した。
というのも、都市以外はほぼ農村というフランスにおいては、環境問題はすなわち農村の環境といってよく、これを規制する行政、法体系は、もともと農政・農村法の中に位置づけられていた。
(この先生も、当時、環境法専攻の学位がなかったから、農業法で学位を取らざるを得なかった。)
これは如何に農業農村がフランスにとって大きな地位を占めていたか、という話であるのだが、しかしながら、
3)農業省の存在意義はもうなくなった。
農漁業省の人員の半分を占めている農業教育は、教育省に、
農村地域政策は、環境・持続的発展省に、
農業振興・市場政策は、産業省に、
それぞれ分割吸収すれば足りるじゃないか、と。
実際に3点目については、サルコジが大統領に就任する前の政権構想には、農業省はなかったらしい。
これを、周りの誰かが水面下で説得して、最終的に存続となったとか。
だから、2012年に彼が再選された場合、農業論廃止論が再度持ち上がる可能性がある。
こういう考え方は日本でもあるし、英国などは実際そのように解体しているから、議論自体は目新しいものではない。
しかしこれが、EU随一の農業国においても言われているということが、彼女の個人的思想を差し引いたとしても、僕にとってはかなり衝撃であった。
(実際には、農業者、農業団体の力は相変わらず大きく、実現しないんじゃないかとは思うけれども。)
実地見学など ― 2009年05月08日 23時41分15秒
スタージュの初日に、今後の内容、大まかな方向について、農漁業省内のジガンさんの部屋で担当してくれる何人かとひととおり議論したあとで、
「まあ、理論的なことは、まあこんな感じだけど、、、」
「うん、そうそう、現場に行ってみてみなきゃ。」
と、研修生ごとき僕のために、ふたつの実地見学を用意してくれていた。
日本でも最近よく言われているようだけれども、ことに農業政策たるもの、現場を見て知っておくのは必須という考えが、より当然のことと考えられているのだろう。
1)フランス南西部の、バイヨンヌの生ハム(IGP)と、ピーマン・デスペレット(AOC)の見学(ポーなど)
2)地理的表示に関する国際研修会(ジュネーブ)
パリの農漁業省でいろんな人と話をするくらいだと思っていたので、これはとてもありがたいお話だ。
いずれも5月中旬に行くこととなった。後者については、往復旅費も負担してくれるとのことで、痛み入ります。
そういうわけで、もう来ないだろうと思っていたバイヨンヌと、ジュネーブに、もう一度行くこととなった。
「まあ、理論的なことは、まあこんな感じだけど、、、」
「うん、そうそう、現場に行ってみてみなきゃ。」
と、研修生ごとき僕のために、ふたつの実地見学を用意してくれていた。
日本でも最近よく言われているようだけれども、ことに農業政策たるもの、現場を見て知っておくのは必須という考えが、より当然のことと考えられているのだろう。
1)フランス南西部の、バイヨンヌの生ハム(IGP)と、ピーマン・デスペレット(AOC)の見学(ポーなど)
2)地理的表示に関する国際研修会(ジュネーブ)
パリの農漁業省でいろんな人と話をするくらいだと思っていたので、これはとてもありがたいお話だ。
いずれも5月中旬に行くこととなった。後者については、往復旅費も負担してくれるとのことで、痛み入ります。
そういうわけで、もう来ないだろうと思っていたバイヨンヌと、ジュネーブに、もう一度行くこととなった。
フランス農漁業省 ― 2009年04月20日 04時13分41秒
パリ1農業法コースも、修了要件として2か月のスタージュ(インターン)が必須。
講師として授業に来ていた職員の方などを通じてお願いしていていたところ、関係者のご尽力により、幸いにもフランス農漁業省で受け入れてもらえることになった。
一定時間出勤して一緒に働く、ということではなくて、課題を設定して、与えられたドキュメントを読みつつ、週に1回程度、農漁業省や関係機関、地方の生産者らにインタビューを行ってレポートをまとめるというもの。
スタージュというより、自分の小研究を農漁業省にサポートしてもらう、というのが実態に近い。
朝晩役所に張り付いて、フランスの国家公務員の生態をじかに見ることができない点は残念だけれども、個人的にいろんなところで関係をつくれるし、何より時間的余裕ができ、最後の日々を多少なりとも余裕を持って過ごせるのはありがたい。
で、テーマは、食品の「品質」に関する日仏制度比較研究。
品質に対する考え方、AOCなど地理的表示制度に予防原則を絡めてレポートを書くことになるだろうか。
6月上旬まで。
講師として授業に来ていた職員の方などを通じてお願いしていていたところ、関係者のご尽力により、幸いにもフランス農漁業省で受け入れてもらえることになった。
一定時間出勤して一緒に働く、ということではなくて、課題を設定して、与えられたドキュメントを読みつつ、週に1回程度、農漁業省や関係機関、地方の生産者らにインタビューを行ってレポートをまとめるというもの。
スタージュというより、自分の小研究を農漁業省にサポートしてもらう、というのが実態に近い。
朝晩役所に張り付いて、フランスの国家公務員の生態をじかに見ることができない点は残念だけれども、個人的にいろんなところで関係をつくれるし、何より時間的余裕ができ、最後の日々を多少なりとも余裕を持って過ごせるのはありがたい。
で、テーマは、食品の「品質」に関する日仏制度比較研究。
品質に対する考え方、AOCなど地理的表示制度に予防原則を絡めてレポートを書くことになるだろうか。
6月上旬まで。



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