インフルエンザ@フランス2009年06月13日 08時06分25秒

(↑グルネル市場で捌かれる鶏。本文とは関係ありません。)

5月末に、フランス産家禽類の対日輸出が再開された。
これは、2月にヴァンデ県(大西洋岸)で弱毒性の鶏インフルが発生したため、日本側が輸入を停止していたもの。

この件、フォワグラも含まれるとかで日本では大きく報道されていたが、フランスではそんな報道まったくされていなかった。(辛うじてYahooのネット記事に1件発見)
だって弱毒性なんでしょ? ということらしいのだが。

鶏とは別に、世界的に大流行した?新型インフルエンザ、当然フランスでも感染者はいる。
6月12日時点で累計80人ということだが、マスクをしてる人を見たことがないし、どこで感染者が出た!とか騒いでいるようには見えない。
CDG空港から来た友人が、マスクをつけた人を1人発見したそうだが、それは日本から来た人のようだったと。

鶏にしても人にしても、リスク判断が、ゆるーい(いい加減な?)国民性と相まって、結果的にうまく行っている例なのかもしれない。

欧州議会選挙2009年06月09日 06時39分10秒

EUにも議会がある。各国に人口比例配分された議席を、国ごとに比例選挙する。

フランスに来て2年、国政レベル以上の選挙は初めてであるが、7日日曜日に行われたこの選挙、事前に予想されていた通り全く盛り上がらない。どの国でも高い棄権率が予想されていて、フランスの新聞には、投票を呼び掛けるため、

"On ne peut pas accuser l'UE d'être technocratique si on ne vote pas"
(投票しなければ、官僚に支配されているEUを糾弾できないぞ!)

何て書かれてあって、ちょっと複雑な気持ちに。

結局、フランスでの投票率は、前回を若干下回る41%に。
この日の夕方のトップニュースすら、フェデラーの全仏制覇だし。

フランスでは、サルコジ与党である右派のUMPと環境政党が票を伸ばし、オブリー党首とロワイヤルの諍いが続く社会党や、先の大統領選にも出馬したバイルー(第1次まで)の中道政党は大きく議席を減らした。
EU全体としては、中道右派の伸長、社民系の退潮で同じ傾向がみられた。

ところでフランスでは、ダチ法相(写真中央)の欧州議会への転出が話題となった。
マグレブ系、サルコジに近く、法務大臣へ抜擢、司法制度改革で官僚と対立、現職閣僚・未婚の母として出産、などなど話題を振りまく彼女だが、サルコジとの不和説もあり、政権から体よく出されたとの話。

彼女だけでなく、現職の農漁業大臣であるミシェル・バルニエ(写真左)も、今回欧州議員に転じている。
バルニエ農相はもともとEU畑の長い政治家で、国内では環境省、欧州担当相などを経て、EUの地域政策担当委員(大臣相当)、その後フランス外相、農相を務めている。
こちらは、農相としての力量を高く評価されていて、国内での務めを果たして予定通り欧州に復帰した、という筋。

さて、写真はその両者が属する与党UMPの選挙ポスター。
ソルボンヌ校舎脇に立てられた掲示板は、落書きと破れでいっぱいなのだが、このポスターには、「こいつらみんな嘘つき。俺達に楽しみを返せ!」と書いてある。
通りがかった老マダムが私に曰く、「私はこの落書きに賛成だ」と。

戦勝記念日2009年05月08日 19時39分47秒

2か月後はもう日本、という今日5月8日は、フランスは戦勝記念日 Victoire1945 の祝日にあたる。(第2次大戦。ちなみに11月8日は第1次大戦。休戦記念日 Armistice と言い分けている。)

サルコジは、早朝にシャンゼリゼにあるド・ゴール像の前で式典を行ったあと、南仏プロヴァンス(イタリア方面からの上陸作戦の行われた地)へ移動し、海上の軍艦の上で式典、閲兵を行っていて、その模様は、テレビで延々と中継されていた。

ところでパリの建物には、表に石板が打ちつけられているものが多くみられる。
有名人某がこの建物で生まれた、某組織が設立された云々のほかに、

「1944年8月26日、この場所にて、消防士 ベルテル・ルネ、自由のために斃れる」

といった、市内で路上で命を落としたレジスタンスの碑を、いたるところで見つけることができる。

このレジスタンスの石板、どれも金属製の輪の金具がついていて、容易にそれと見分けることができる。何か、宗教的な意味がある金具なのかと思っていたけれど、そうではなかった。

これは、花束を差し込むものだった。
戦勝記念日の今日、おそらくすべての石板の脇に、すべての命を落とした市民のために、パリ市によって、こうして花束がたむけられていた。

港の封鎖2009年04月19日 23時50分14秒

今週、カレーやダンケルクなど、フランス北部の港が漁業者によって封鎖され、英仏海峡間などの海上交通が麻痺したところ。

漁業者やその組合の政府に対する主張は、cabillaud タラと sole シタビラメ について、自分たちへの漁獲割当て量を増やすこと。

どういう制度かというと、
まず、獲りすぎで減っている魚について、EUが科学的知見に基づいて、各国の年間漁獲量の上限(TAC)を割り当てる。
フランスでは、国内の漁業者に逐次漁獲量を報告させ、その合計が割り当てられた量に到達すると、停止命令を出す仕組み(オリンピック方式という。→要は早く獲った者勝ち)。

2009年の割当量がEUで決定されたのは12月なのに、なぜ今更?というのが普通の感覚だと思うのだが、そこはフランス人。
「年初から今までで、もう漁獲枠いっぱい獲りつくしてしまった、もう獲れないと収入がなくなる、だから枠を増やせ」と。

なんだか聞き分けの悪い言い訳にしか聞こえない。
無理解ならばそれはそれで問題だが、ここまで朗らかに主張されると、本当は制度を全部わかった上での確信犯なんじゃないか、と思う。

しかも今回驚いたことには、
火曜から封鎖が始まり、水曜夕にバルニエ農漁業大臣と折衝、木曜朝には4百万ユーロの休業補償金が支払われることが公表された。

さすがに、それだけの金額が1日や2日で工面できるわけもなかろうから、最初から出来レースだったのでは?と思ってしまう。
とすれば、漁港封鎖という示威行動も、単なる儀式でしかないということか。
(今度聞いてみよう。教えてくれないかな。)

補償金支払いが決定したあとで、ある漁業者は、「我々が欲しているのは金じゃない、もっと獲りたいんだ」と言っている。

窮状はわかる。
でも、なんだか同情を持てない。

ニューヨークに行ってきた!2009年04月01日 15時55分52秒

ニューヨークに行ってきた!
というのは4月1日ならではの嘘(そもそも、僕のパスポートでは渡航できない。)ですが、写真は、れっきとした「自由の女神像」。

「自由の女神」といえば、ニューヨークの代名詞的存在(特に、アメリカ横断ウルトラクイズに熱中していた世代にとっては。)だけれども、これは、アメリカ独立100周年を記念して、独立戦争の同盟国であったフランスから贈られたものであることは知られた話。

自由と独立に憧れた青年彫刻家バルトルディが米国に旅行した際、ニューヨークの中州島を見て、「自分が作った像を建てるのに理想的な場所だ」と思ったのだとか。それが後日、実現してしまう。

彼は、アルザス地方のコルマール出身のフランス人。
米国旅行は、フランスが普仏戦争に敗れ、アルザス地方がドイツに割譲されていた頃なのだが、そういう時代背景を踏まえると、「自由の女神像」に込められた意味が、格段の深みを帯びたものとして見えてくる。

で、今日、パリのセーヌ川中州に建てられた「自由の女神像」は、今度は米国に住むパリ出身のフランス人が、フランス革命100周年を記念して贈ったものだとか。
我が家から歩いて10分程のセーヌ川の中州、散歩があまりに心地よい「白鳥の小道」の先端に、下流を眺めて立っている。

このセーヌ川の自由の女神が左手に持つ本?には、ふたつの日付が併記してあった。
IV juillet 1776
XIV juillet 1789
アメリカ独立記念日(独立宣言採択)と、フランス革命記念日(バスティーユ襲撃)である。

ちなみに、我が家の面した通り rue Auguste Bartholdi は、彼の名を冠したもの。
住んでいたとかいう経緯はないようですが。

デモに動員されてみたの巻(2)2009年03月21日 23時12分57秒

そもそも今日の大動員は、公共交通機関系労組のストに、CGTやFOなど全国労働団体が加わり、大学改革に反対している教職員・学生が便乗したもの。
いうなれば、烏合の衆である。

直近に何かあったわけではなく(ないと思う。)、労組系は雇用の維持と賃金の引き上げを、大学は高等教育の地位保全を相変わらず訴えているだけで、切迫感は伝わってこない。

それどころか、むしろ、楽しそうである。

気勢を上げているのは、各隊の先頭にいる、ハンドマイクを持ったリーダーと、横断幕を掲げる人々くらいであることが多い。
後ろの方は、談笑しながらタラタラと歩いている感じ。

騒々しい音楽を流して盛り上げる車あり、ブラスバンド隊あり、お手玉や仮装など大道芸人系あり。
意味もなく全員路上に寝転ぶ集団。
道端には、サンドイッチの出店に即席ワインバーまで。

また、
某国でナントカさんを救おう、とか、
人種差別は恥だ、とか
本日の大筋(があるとしたら)に関係のない、日頃の自分たちの主張をしたい人たちも、これらにまぎれてPR活動をしている。

つづく

デモに動員されてみた(1)2009年03月21日 09時31分02秒

3月19日、今年2回目のゼネストが決行された。

市内のメトロやバスはほぼ通常運転だったので、パリ市民としては生活に影響は少なかったものの、かのRERなど郊外線や、TGVなどが間引き運転。
そのほかに、パリ市内で大規模なマニフェスタスョン=デモが敢行された。

「マニフェスタスョン、14時にレピュブリック広場へ!」

と、大学に貼られたビラに、勝手に呼応して(ほとんど野次馬)、僕もレピュブリックに行ってみた。

騒々しい声が聞こえてきた広場のだいぶん手前では、早くも交通規制が敷かれていて、う回路を探す自動車で広場周辺は大渋滞。

デモ隊は、広場周辺にそれぞれ団体ごとに集合し、旗を掲げ、声高に主張を繰り返しながら広場まで行進。
いったん全団体が結集した後、気勢を上げたうえで、FO系の団体はヴォルテール大通りを、CGT系と大学関係はバスティーユに向かって行進していく(そこで解散)。

動員された労組の人たちは相当の数がいるけれども、今日は木曜日、正当な手続きを経て動員されているのか、まさか休暇をとるわけじゃあるまいし、ならば専従許可とってるんだろうな?(笑)などと余計な勘ぐりをしてしまう。

学生の方にまじって、野次馬の僕も歩いてみる。
バスティーユに向かって「民衆」が大通りを気勢をあげながら行進する様は、ちょっとカッコ良かったりもする。

つづく

冬季オリンピック 2018は、アヌシー!...............か。2009年03月21日 04時00分47秒

フランス・オリンピック委員会で投票が行われた結果、

グルノーブル 9票
ニース  10票
アヌシー 23票
ぺルヴー村 0票

ということで、国内立候補地がアヌシーに決定、一本化された。

2018年かー。

その頃、またフランスにいる可能性を、さっそくごそごそと計算してみた。

んー。

なさそう。

EURO 2016 に立候補! しかし。2009年03月16日 06時19分37秒

家を出て徒歩2分程の所に、
FFF (Fédération Française du Football)
すなわちフランスサッカー連盟の本部がある。

何かあると、L'EQUIPE紙(スポーツ新聞)などメディアが建物前に集まって出待ちをしたりしているのだが、先日5日にも騒いでいたので、あとで見たところ、フランスが、EURO 2016 の開催地への立候補を正式に表明したそうな。

するとすかさず翌日のフィガロ紙では、「スタジアムをとりまく切迫した現状」との見出しで、1面にどかんとサン・ドニのフランス競技場の写真を載せている。

曰く、1998年のワールドカップに際した整備費の大半がこの競技場に使われたことで、国内の他の競技場の老朽化が進んでおり、しかも現に国内にはユーロの決勝を行う規格に合う競技場がないのだとか。
FFFも、この立候補を国内競技場の整備のテコとしたい、と初めから明言している。

記事中でも、2006年のサッカーワールドカップに際しての、ドイツの国内整備の成功がしばしば言及されていて、それも羨ましいらしい。
だったら、2007年にラグビーのワールドカップを華々しくフランス各地でやった時に、何でちゃんとやらなかったんだ? という指摘は、どうもされていない。(これも縦割り?)
この経済情勢の中では、確かに地方の活性化やインフラ整備を行うには、国際スポーツ大会の招致は大きなテコとなることは間違いないだろう。
が、先年、夏のオリンピック招致でロンドンに敗れたショックが、まだ尾を引いているようにも見えるんだけどな。

ちなみに、フランスは2018年の冬季オリンピックについても、今のところ、ニース、グルノーブル、アヌシーなど、いずれもアルプス西端の都市が立候補している。
ついこの間アルベールヴィル(これも同じ地域)でやったばかりなのに、と思うのだけど、それは1992年のこと、もう17年前も昔かと思うとちょっと気が遠くなる。

パリ国際農業見本市(3)追録2009年03月15日 03時57分25秒

先日のSIAで感じたあの熱気は、革命記念日のパレードと、どこか根底で似ている気がする。
すなわち、今日のフランスという国家が有する農業・食文化なり、或いは軍事力・政治力なりに対する、ゆるぎない自信や誇り、ひいては自らの国への愛国心とでも言うべきものが、当然のように発露され、参加者の間で分かち合われている。

同じ職場からパリへ派遣されている方と、家の近くにある「松ちゃん」で焼肉を食べながらそんな話をしたところ、関連して面白い話を聞いた。

例年、主要国の農業関係大臣が参加する会議がパリで開かれるのだが、フランス側が、次回の会議をSIAと同時期に行うよう働きかけているらしい、という話があるとか。

さらに、このことについて、欧州の某大国が、開催期間について難色を示し、通常2日かけて行われるこの会議を1日で済ませるよう、主張している、とか。

その理由を推測するに、
夜をまたぐ開催となると、開催国が夜にレセプションを行うのが常であり、これがSIA会場となるだろう。
その場合、各国大臣は、儀礼上SIA会場に行かざるを得なくなる(1日だけなら、理由をつけて夕方に帰国できるが、パリに宿泊するなら不可能。)。
農業生産額ならともかく、「食」事情となるとこの上なく評判よろしくないこの某大国としては、フランスの農業・食文化をまざまざと見せつけることになるこの会場に、のこのこ大臣を行かせるのは格好が悪い(国内農業者向けにもよくない)。
そういうことではないか、と。

そういえば、ドイツやイタリア、スペインはじめ近隣諸国はそろって出店している中で、この某大国のブースはなかった。
況やレストランをや!

なるほどね~、と。

まさに、このSIA、フランスの「国威発揚」となる一大国家イベントなのだ、と改めて納得した。