パリ国際農業見本市(1)2009年03月01日 17時03分54秒

(↑ アリゴづくりの実演。ゆでたジャガイモにチーズを混ぜて練る料理で、中部オーベルニュ地方の特産)

毎年恒例のパリ国際農業見本市が開かれた。

フランスのあらゆる地域から出展される膨大なブースそれぞれにおいて、地方色豊かなあらゆる特産食品が試食、展示売りされ、またその名物を売りにした地方ごとのレストランが設けられている。

フランス国内だけでなく、世界17か国のブースやレストランもあり、そのほかに、牛、豚、羊、山羊、馬など家畜の展示や品評会、農業団体のPR活動などもある。
動物と戯れる子どもにも、美食をめぐって歩きまわる大人にも大人気の1大イベントである。8日間での入場者は60万人とか。

最終日の日曜に行ってみた。
展示会場の広さは東京ドーム3つ分らしいが、どのパビリオンも人で埋め尽くされている。

出店する側、訪れる側の双方から伝わる活気は、フランスが農業大国、食の大国であることを改めて感じさせる。

僕と妻は、グアドループのラム酒をひっかけ、ロックフォールをつまみ、オーベルニュのソーセージをほおばり、ペリゴールのレストランでカスレと鴨のマグレを食し、リムーザンのリンゴをかじり、お土産にブルターニュのお菓子を買い、と、おなかいっぱい大満足。

パリ国際農業見本市(2)2009年03月01日 17時06分23秒

(↑受賞した牛(三色の帯がかかってる。)と戯れる子供)

日本も、パリにある日本食材店の方々に協力していただいて、日本食材販売店を出している。
焼うどんなど実演・試食、酒や調味料類、お菓子類の販売など。

24日には、特設会場が日本に割り当てられ JAPAN DAY も開催された。
和太鼓の演奏にひかれてよってきた客たちは、そば打ちや巻き寿司づくりの実演に興味津津。

JAPAN DAYの様子はここで見られます。
【NHK WORLD】
http://www.nhk.or.jp/daily/english/25_09.html

学位授与式12009年03月08日 08時34分45秒

6日(金)夕方に、セルジーの校舎で、MS(専門修士)の学位授与式が行われた。

去年の3月末に授業を終えてから、ほぼ1年。
この間、級友たちは、パリや地方都市のほか、ブリュッセル、インドネシア、日本などでスタージュ(企業研修)を行い、或いは提携校のあるメキシコやインドで勉強していた。

今は、ある者はスタージュを行った企業でそのまま就職し、またある者はちゃっかり競合他社で働いている。
僕らの年度は、スタージュを探す頃と、本就職をする時期の間に金融危機に見舞われたわけだが、それでも大半が名の知れた企業で職を見つけている。
そこはさすがに、グランデコール、なのだろう。

それはともかく、1年ぶりに会う友達も多く、今どこで何してるの?仕事はどう?と旧交を温める。
あと4か月で帰国なんだよー、と毎度説明しなければならないのが寂しい。

他のコースの学生も含めて大講堂で行われた式は、厳粛という感じではなくて、軽く和やかな感じ。
よくあるような四角帽?とマントなどはなくて、全員に記念のマフラーが配られたのがだ、男性用のオレンジ色(写真左端のガイトン参照)の評判が悪く、ほとんど誰もつけてなかった。

学長のスピーチ、卒業生である経営者の講演があったあと、各コースごとにわかれて、我々はコース担当のオーブル先生(写真左から二人目)から、授与。

学位授与式22009年03月08日 18時07分50秒

式のあとは、お世話になったほかの先生も交えて、写真撮影にシャンパンパーティー。

今年の修学旅行はニューヨークだったんだと。い~な~
オーブル先生、そのうち日本にも行くから、そのときはよろしく、とのこと。
再会を期して散会。

そのあとは、学生会主催の Fête 。
学校全体がディスコとカジノとバーになる。
我々の学位授与を祝って、ということだけど、それは口実にすぎなくて、毎月のように行われている日常行事にすぎない。

同級生たちは、去年はこぞって参加していたのに、今日はほとんどが参加せずに退散。
みな「社会人」になった、ということか。

「大学」の学生は、昨日もデモだゼネストだと騒いでいるのに、こっちの学生は、社会不安などどこ吹く風と飲んで踊っているわけで、「社会格差」とでも言うべきものが、もうこの段階で明確に表れているのを実感する。

4時帰宅。

学位授与式3(写真追加)2009年03月10日 04時43分42秒

学位授与式の様子はこのサイトにて。

http://www.photos-diplomes-essec.com/

このリンクを開くと、我々 MS-MIA 07/08 の集合写真がトップページに設定されているみたいです。

この写真をクリックすると、個別ページに行けます。

49ページ中の14~15、19~20ページにいるようです。

フォンテーヌブロー宮殿(1)2009年03月10日 06時21分47秒

パリから南西へ、セーヌ川に沿って急行で40分ほどで、フォンテーヌブローに着く。
ここには、世界遺産にも指定されているフォンテーヌブロー宮殿がある。

バスを降りてまず目に入るのが、馬蹄形の階段が美しい広場。
ここは、退位詔書に署名したナポレオンが、エルバ島に流される際に群臣と別れた場でもあり、 Place d'Adieu (別離の広場)とも呼ばれる。

宮殿の歴史はフランスの政治・文化史そのもの。
ヴァロワ朝のフランソワ1世、アンリ2世、ブルボン王家、ナポレオン1世、3世ら、時々の国王が、それぞれに外観、内装ともに改築を重ねてきたものであり、随所に残されたその痕跡を時代とともに辿るのが楽しい。

つづく

フォンテーヌブロー宮殿(2)2009年03月10日 06時22分46秒

今日につながる建築の基礎を建造したのが、歴代国王の中で最も人気のある、フランソワ1世である。

写真は、その彼の名を冠した回廊。
ヴェルサイユの鏡の間を、縮小して金属装飾をなくしたもの、と形容できるだろうか。
後代の、金属や大理石で飾った宮殿を見たことがあるならば、一見地味にも映ってしまうのだけれど、それがまだ確立していない時代に、ほとんど木組みでこれだけの内装を作り上げたことに驚嘆するし、木の温かみからは、落ち着きさえ感じられる。

彼が造った部分には、François の頭文字 F や、彼のシンボルである火トカゲの装飾が至る所にある。
アンリ Henri 2世の部分ではH、ルイ Louis 15世はLL、マリー・アントワネットの部屋は MA 、ナポレオン3世の皇后は EN などなど。

宮殿のみならずフランスの歴史の凝縮をたどることができるフォンテーヌブロー宮殿は、ともすれば絢爛豪華なヴェルサイユよりも面白い、とは、これまでなかなか「お城」めぐりに付き合ってくれなかった妻の言。

ちょっとつづく

去年のロワールぶらり旅も参照。
http://france.asablo.jp/blog/2008/04/

フォンテーヌブロー宮殿(3)2009年03月10日 06時23分40秒

宮殿の裏庭、ひっそりした扉に彫られた装飾。

天使が十字架を担いでいる、何の変哲もない彫像、と見逃してしまいそうだが、よくよく見ると、これ、十字架じゃない。


こんなところにまで、フランソワ François 1世の遊び心というか、あまりに当然な自己顕示欲というか、垣間見られて面白い。

(十字架に見せかけた、「 F 」(反対向き)です。)

パリ国際農業見本市(3)追録2009年03月15日 03時57分25秒

先日のSIAで感じたあの熱気は、革命記念日のパレードと、どこか根底で似ている気がする。
すなわち、今日のフランスという国家が有する農業・食文化なり、或いは軍事力・政治力なりに対する、ゆるぎない自信や誇り、ひいては自らの国への愛国心とでも言うべきものが、当然のように発露され、参加者の間で分かち合われている。

同じ職場からパリへ派遣されている方と、家の近くにある「松ちゃん」で焼肉を食べながらそんな話をしたところ、関連して面白い話を聞いた。

例年、主要国の農業関係大臣が参加する会議がパリで開かれるのだが、フランス側が、次回の会議をSIAと同時期に行うよう働きかけているらしい、という話があるとか。

さらに、このことについて、欧州の某大国が、開催期間について難色を示し、通常2日かけて行われるこの会議を1日で済ませるよう、主張している、とか。

その理由を推測するに、
夜をまたぐ開催となると、開催国が夜にレセプションを行うのが常であり、これがSIA会場となるだろう。
その場合、各国大臣は、儀礼上SIA会場に行かざるを得なくなる(1日だけなら、理由をつけて夕方に帰国できるが、パリに宿泊するなら不可能。)。
農業生産額ならともかく、「食」事情となるとこの上なく評判よろしくないこの某大国としては、フランスの農業・食文化をまざまざと見せつけることになるこの会場に、のこのこ大臣を行かせるのは格好が悪い(国内農業者向けにもよくない)。
そういうことではないか、と。

そういえば、ドイツやイタリア、スペインはじめ近隣諸国はそろって出店している中で、この某大国のブースはなかった。
況やレストランをや!

なるほどね~、と。

まさに、このSIA、フランスの「国威発揚」となる一大国家イベントなのだ、と改めて納得した。

EURO 2016 に立候補! しかし。2009年03月16日 06時19分37秒

家を出て徒歩2分程の所に、
FFF (Fédération Française du Football)
すなわちフランスサッカー連盟の本部がある。

何かあると、L'EQUIPE紙(スポーツ新聞)などメディアが建物前に集まって出待ちをしたりしているのだが、先日5日にも騒いでいたので、あとで見たところ、フランスが、EURO 2016 の開催地への立候補を正式に表明したそうな。

するとすかさず翌日のフィガロ紙では、「スタジアムをとりまく切迫した現状」との見出しで、1面にどかんとサン・ドニのフランス競技場の写真を載せている。

曰く、1998年のワールドカップに際した整備費の大半がこの競技場に使われたことで、国内の他の競技場の老朽化が進んでおり、しかも現に国内にはユーロの決勝を行う規格に合う競技場がないのだとか。
FFFも、この立候補を国内競技場の整備のテコとしたい、と初めから明言している。

記事中でも、2006年のサッカーワールドカップに際しての、ドイツの国内整備の成功がしばしば言及されていて、それも羨ましいらしい。
だったら、2007年にラグビーのワールドカップを華々しくフランス各地でやった時に、何でちゃんとやらなかったんだ? という指摘は、どうもされていない。(これも縦割り?)
この経済情勢の中では、確かに地方の活性化やインフラ整備を行うには、国際スポーツ大会の招致は大きなテコとなることは間違いないだろう。
が、先年、夏のオリンピック招致でロンドンに敗れたショックが、まだ尾を引いているようにも見えるんだけどな。

ちなみに、フランスは2018年の冬季オリンピックについても、今のところ、ニース、グルノーブル、アヌシーなど、いずれもアルプス西端の都市が立候補している。
ついこの間アルベールヴィル(これも同じ地域)でやったばかりなのに、と思うのだけど、それは1992年のこと、もう17年前も昔かと思うとちょっと気が遠くなる。